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 黎明に寄せて・後編


 陽が昇るのを待って、ロケット村に入る。
 いつものようにやってきたクラウドを住人たちは笑顔で迎え、口々に愛想良く言葉をかけてきた。
 が、これからはヴィンセントとここで暮らすと言うなり、その態度が変わった。
 村人はおしなべてシドを心から慕っていた。そのシドの何より大切なものとして、ヴィンセントについても尊重し、敬愛した。
 いままでのクラウドは、自らの生活を割いてまでヴィンセントを励ましにくるありがたく感心な存在だった。しかし同居となると話は違う。
 艇長の不在をよいことに我が物顔で入り込み、その宝をかすめ取る不逞の輩と映るのだ。
 四方から刺すように向けられる視線をかいくぐり、クラウドはヴィンセントの許へ行き着いた。
「俺、歓迎されてないみたいだ」
 自嘲して肩をすくめる。関係ないとは思うものの、ティファに嘆き泣かれたあとではさすがにこたえた。
「そんなことはないだろう。シドは来客があると喜ぶぞ」
 そんなクラウドにヴィンセントは言う。
「賑やかになって嬉しいらしい。まして君ならなおさらだ」
「そう……『だった』ね。でも……」
 クラウドは一度俯き、思い切って顔を上げた。
「シドにはもう、持てなしてもらえないから」
 それに対するヴィンセントの返事はなかった。
 クラウドはずっと惑っていた。
 ヴィンセントがどういう状態にあるのか、今ひとつ確かに掴めない。
 本当はわかっているとしたら、現実をくり返すのはあまりに酷だ。
 しかし、そうでないなら。
 見極められない苦しさが、ひそかな溜息となって漏れた。

 夜になりクラウドが自分の寝床を尋ねると、ヴィンセントは二つ並んだベッドのひとつを指定した。それから気づいたように引き出しを探り、シーツの洗い替えを取り出した。
「そっちはいいのか?」
 一枚だけ手渡され、クラウドはもう片方を指差す。
 ヴィンセントはこくりと頷き、掛布を直してそちらに寝る準備を始めた。
 クラウドはすべてを理解した。
 自分に割り当てられたのはヴィンセントのベッド。
 ヴィンセント自身はもう一台の、言わずと知れた人の寝床に眠るのだ。
 懐かしい残り香に包まれて。
 恐らくずっとそうしてきたのだろう。いままでも、彼が留守の間はいつも。
 シーツに頬を寄せる安らかな寝顔に胸が締めつけられる。
 同時に、彼らの結びつきを生々しく見せられた衝撃にうちのめされてもいた。
 二人の生活は一見平穏で単調だった。
 目覚めるとすぐにヴィンセントは窓際に椅子を寄せて座る。
 陽を受けて輝く整った横顔は一幅の絵のように美しい。
 クラウドはそれを見やりながら朝食の仕度をし、テーブルに連れてきて食べさせた。
 ヴィンセントが窓辺に戻ると同じくその姿を視界に入れながら掃除と洗濯。
 外へ出る時は手を引いていく。目を離さないためと気分転換をさせるため、そして彼がいれば不快な顔をされずに買い物が出来るからだった。
 日が暮れると入浴を薦め、その間に夕食を作る。窓に戻ろうとするところを呼び止めて食べさせ、自分も大急ぎでシャワーを使う。終えるとすでに外を眺めているヴィンセントをもう暗いからとなだめて床に就かせる。
 通いでやっていたことを一日中くり返しているようだった。
 ヴィンセントをずっと見守っていられるだけ安心だとするものの、クラウドの心は落ち着かない。
 ヴィンセントの目に自分は見え隠れしている、そんな風に思えた。
 存在を認識されている時は時折ねぎらいや感謝の言葉をかけられる。ティファのことさえ口にした。
 だが意識されていないと、間近で呼びかけても聞こえていないことがよくあった。

 総じてヴィンセントはただ静かに在り続けたが、テレビで航空機関係の話題が流れた時などは顕著に反応し、熱心に見入った。ナレーションや解説者の説明に対して「シドもそんなことを言っていた」とか「シドが聞いたら喜ぶだろう」と呟いた。
 ほかにも料理の紹介などに対してシドはこういう味つけが好きだと言い、新聞のコラムを読んでシドが笑いそうな話だと述べた。
 そんなヴィンセントの顔は明るく、笑顔さえ浮かべている。
 クラウドはその都度過去形に言い換えたり、現状の念を押した。ヴィンセントの答えがある時もない時もあったが、一様に話していた口を閉ざし、意気を萎えさせた。
 どんなにやんわりと加減をし、探りながら言ったつもりでも、ヴィンセントのその様子にはひどく当てられた。罪の意識も同じの後悔で胸が痛み、晴らしようのないやりきれなさで気が滅入った。

 そんな気分をもて余したクラウドは、ある日ヴィンセントが入浴している隙にリーブへ電話をかけた。目的は、ひとつの頼みごと。
"……本気で言ってはるんですか"
 リーブの応答は明らかにあきれた口調だった。
「駄目……かな、やっぱり」
"当たり前ですやろ。人のホネ一式持ってきて、これがシドさんだとヴィンセントさんに見せるやなんて、そんなけったいな話、どこにあります?"
「だけど……!」
 クラウドは声を一段上げた。
「ヴィンセントは信じられないんだよ。シドが死んだってこと。葬式まで出したんだから認めなきゃいけないって頭ではわかっていても、死体が出ていないからどこかでまだ望みが捨てられないんだ。それがぶつかりあって、すごくアンバランスになっているんだ。だから……」
"だとしてもですね、いえ、ならばなおさらですわ。そんなヴィンセントさんにただの骸骨を見せて、納得しはると思いますか?"
「だったら、だったらさ、本当の飛行機事故の遺体か、焼身自殺の死体を持ってきてくれ! 何かの研究所とかに保存されてるやつがあるんじゃないのか?」
"クラウドさん!!"
 リーブはきつく叱咤した。
"落ち着いて下さい! クラウドさんまでおかしくなってどないしはりますのや!?"
「……」
 言われてクラウドは押し黙る。
 しばらく目を閉じて考えたのち、深い溜息をついた。
「ごめん、リーブ。確かに無茶な話だよな」
 それを聞き、ほっとしたようにリーブもトーンを下げた。
"クラウドさんのお辛い気持ちはわかります。この際ですからヴィンセントさんには、どこか専門の病院にでも入院して頂いたらどうですやろ"
 それには応じられないとすぐさまはっきり答えが出た。
 まずヴィンセントが従わないだろう。この場所から引き離そうとすれば必死に抵抗するに違いない。
 もしかすれば、人を傷つけるのも辞さないほどに。
 何より自分が嫌なのだ、目が届かないところへヴィンセントが行ってしまうのは。どんなに辛くても、傍にいてやりたい。彼の傍にいたい。 そう告げると、しばらく間が空いたのち、リーブは言った。
"わかりました。では、何かありましたら連絡して下さい。いつでもお力になりますよって"
「ありがとう、リーブ」
 クラウドは静かに電話を切ったのち、一回首を振った。

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