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 翌日、いつものように訪れてドアを叩こうとした時、クラウドは妙な気配を感じた。
 家の輪郭がうっすら靄っているような、変に温みがあるような。
「ヴィンセント?」
 呼びかけてドアを開ける。中を見た途端、クラウドは顔色を変えた。
「な……何だよこれはっ!」
 ダイニングテーブルの脇あたり、立っているヴィンセントの足許に火が燃えていた。煙が部屋中にもうもうと立ちこめ、炎が徐々に高く上がっている。
 クラウドは走り込み、一直線にバスルームへ向かった。蛇口をひねる手ももどかしくバケツに水を貯め、重さをこらえて引きずり出すと勢いよく火に浴びせかけた。
 一瞬にして煙と蒸気が上がり、じゅうじゅうと音が鳴り響く。あらかた鎮火したところをさらに踏みつけ、なんとか完全に消し止めた。
「……」
 クラウドは肩で大きく息をする。何度目かの呼吸が終わって見やればヴィンセントは変わらずそこに立ち、クラウドをきょとんと見返していた。
「いったい……どういうつもりなんだ!」
 怒鳴ったあと、気がついてドアと家中の窓を開けて回る。外では村人たちが何ごとがあったのかと集まってきていた。
「新聞を焼いていた」
 ヴィンセントはなお平然としている。クラウドの慌てぶりにまるで動じる様子がない。
「新聞を……焼いていただって?」
「気がついたらずいぶん貯まっていたのでな。いつもはシドが必要なところを切り抜いたあとにくくって捨てているのだが」
「……」
「私はうまくまとめられなくて」
 そんな問題じゃないだろうとクラウドは腹の底から叩きつけたかった。
「ここは家の中だよ! なんで家で焼くんだ! 火事になるに決まっているだろう!!」
 それを聞いてヴィンセントはわずかに瞳を開いた。
「そうか。そう言えばそうだな」
「!……ヴィ……」
 クラウドは惘然とする。
「なるほど、床も燃えてしまうのか。どうも私は気が回らないと言うか、手落ちがあるようだ」
「……」
「これではまたシドに怒鳴られるな」
 言いながら嬉しそうに微笑む。
 クラウドは心臓が激しく騒ぐのを感じた。
 駄目だ。もう目が離せない。こんなヴィンセントを片時も一人にしてはおけない。
 クラウドは煤に汚れたダイニングの椅子に腰を落とし、震えの止まらない唇を手で覆う。
 何度か深呼吸をくり返し、最後に大きく息を吐いたあと、じっとある一点を見つめた。


「……え? ごめん、今なんて言ったの?」
 ティファは大きな瞳をさらに見広げて訊ねる。
 ヴィンセントが家の中で火を燃やした一件を聞き、しみじみと考えているところへ改めてクラウドが切り出したことに対してだった。
「だから、俺はヴィンセントとずっと一緒にいる。一緒に暮らすことにしたんだ」
「あ、ま、ちょっと待ってよ」
 ティファは困惑気味に笑った。
「ここにヴィンセントを連れてくるの?」
 首を振る。
「じゃあ……」
「俺があそこに住む」
「え、そんな、だって。だったら私は……」
 不安そうに見つめてくるティファに
「ごめん」
 クラウドは目を伏せて言った。
「俺はあいつが……ヴィンセントが好きなんだ。愛している」
「……ク……ラウド……!」
 ティファは両手で顔を覆い、瞳を激しく震わせた。
「嘘よ……! どうして……」
「嘘じゃない」
「違うわ、勘違いよ。あなたはヴィンセントに強く同情して、その気持ちを愛とまちがえているのよ」
 クラウドは再び、そしてはっきりと首を振った。
「たぶん俺はずっと……初めて会った時からずっとヴィンセントが好きだった。でも君が俺を想ってくれていたから……考えないようにしていただけなんだ」
「嘘よ……」
 ティファの声が涙混じりになった。
「本当にごめん。俺を見守り続け、支えてきてくれた君の気持ちは心から嬉しいと思っている。でもそれは……」
「言わないで! もう……もう何も聞きたくない!」
 叫びが激しい嗚咽になだれこむ。
 その声は体の奥深くまで響き、骨身に滲みて痛かった。
 しかしこれも自分が受けるべき罰なのだと、クラウドはその場を動かずじっと耐えていた。
 ひとしきり泣き続けたあと
「私……待っていていい?」
 目をこすりながらティファが言う。
「あなたが戻ってくるまで、ここで待っていていいかしら」
「……」
 クラウドは少し戸惑い、考えてから答えた。
「構わないけど……戻らないよ、たぶん」
「この先どうなっても? たとえヴィンセントがどうなっても?」
「……うん」
「そんなに……あなたの決心は固いんだ……」
「うん」
 ティファへ聞かせる返事のひとつひとつが、重く自分の腹を打っていた。

続く
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