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 いらいらと日を送り、三日目を迎える。その日はティファが訝るほど早くから起き出し、それでも時間を置いてクラウドはヴィンセントの許へ向かった。
 着いてみて驚く。
 先日届けた籠はそのままの姿でテーブルの上にあった。さりとて他のものに手をつけた形跡もない。
「ヴィンセント! あんたちゃんと食事してるのか!?」
 クラウドは慌てて籠の中身を調べる。自分が詰めた時から少しも変わっておらず、肉は明らかに傷んでいた。
「なんで食ってないんだよ!」
 ヴィンセントは前の時と同様に窓の外を見ていた。
「興味がないのでつい忘れるのだ」
「馬鹿なこと言うなよ。食べないと体に悪いだろう!」
 半ば責めるように言った。すると
「シドにもよく言われる。『俺はおまえがちゃんと食っているか確かめるために帰ってくるようなものだ』と」
 言葉のあと、唇が開いて笑みの形になった。
「……」
 クラウドは愕然とする。ヴィンセントがここまで不摂生とは知らなかった。
 いや、違う。そうではなく−−−
「ヴィンセント。シドはもう、帰ってこないんだよ?」
 横顔を必死で見つめていると、しばらくして「ああ」と返事があった。
 クラウドは籠から果物を取り出し、確認しながら皮を剥いた。
「とりあえずこれでも食べてくれ。また何か持ってくるから」
 いびつに剥けてしまった果実を皿に乗せてテーブルに置く。
 反応を待って横顔を見つめ続け、クラウドは気づいた。
 ヴィンセントが眺めているのは地上の景色ではない。
 空だ。
「ヴィンセント、聞いてる!?」
 声を荒げると微苦笑が向けられた。
「わかった。食べる」
「本当に?」
「本当だ」
 しかしヴィンセントは一向に窓から動こうとしない。クラウドは無理矢理手を引き、テーブルにつかせた。


 家に戻り、明日も行くと告げるとティファはわずかに眉を寄せ、首を傾げた。
「そんなにヴィンセントの具合は良くないの?」
「いや、具合が悪いと言うか……」
 どう説明したらいいかわからない。
「この前は大丈夫そうに見えたのに。やっぱり簡単に立ち直れるものではないのね」
「うん……」
 とりあえず肯定したが、少し違うと思う。
 落胆し、気落ちしている様子ではないのだ。
 それがかえって恐ろしい。
 何故、何を恐れているのか。答えを見つけるのは、もっと恐ろしい気がした。

 次の日もヴィンセントは窓辺にいた。
 もしかしたらずっとそこを離れていないのではないかと思う。
「ちゃんと眠ってる?」
「たぶん」
 短い返事は相変わらず。テーブルの上の果物は、自分が剥いた分からあとが減っていない。
「ヴィンセント、あの……」
「いい天気だな」
 言いかけたクラウドにかぶり、独り言のようにヴィンセントが言った。
「こんな日の空は、さぞ気持ちがいいだろうな」
「……空……って……」
「今頃はどのあたりか」
 思いを馳せる、夢見るような目をしている。
「何の話」
 たまらずにクラウドは言う。怒ったような口調になっていた。
 その彼に、ヴィンセントがふいと目を向ける。
「何の話、とは」
「今言ったことだよ。決まってるだろ!」
「私は何か言ったか?」
「……」
 ヴィンセントは本当に不思議そうに問い返している。
 クラウドは先の言葉が継げなかった。

 食事を持ち込み、ヴィンセントを窓辺から引き剥がし、食べ終わるまで傍にいる。
 それ以外はやはり何も食べていないらしい。それどころか一切何もしていないのではないかと思う。
 思うが、あえて問わずにいた。訪れずにはいられないが、言葉を交わすのは出来るだけ少なくしたかった。
 それでもヴィンセントは時折ぽつりと
「今回は長いな」
 とか
「どこかで足止めされているのだろうか」
 などと呟く。
 そのたびにクラウドは胸が痛んだ。ヴィンセントの言葉に斬られるのではなく、自分の内側から何かが突き上げてくる感じだった。

 そんな日々が十日も続いた頃、たまりかねたようにティファが言った。
「悪いけど……そろそろほどほどに出来ないかしら」
 クラウドはひそかに眉をしかめ
「うん……」
 生返事をする。
「あなたの気持ちはわかるし、可哀想だとは思うけど、私たちのほうにだって生活があるんだもの」
 朝からロケット村に行き、ヴィンセントと何時間か過ごして戻れば夕方である。考えるまでもなく、他のことには手がつかない。
「思い切って、どこかでけりをつけないと」
「わかってるよ」
「そう?」
 ティファは納得したらしく笑った。
 だが、彼女の想像とはたぶん逆向きに自分は針を振る。それがほぼ動かないのが見えていて、心苦しさがクラウドを苛んだ。
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