黎明に寄せて・前編 小型機が一機、消息を絶った。 操縦者はシド・ハイウインド。かつてメテオの落下を食い止め、星の危機を救った英雄たちの一人である。 フリーのパイロットであった彼は、ある資源調査機関の要請により調査員をアイシクルロッジに護送した。その帰路で行方がわからなくなった。 順当ならロケットポートエリアに向け、南西に飛ぶはずである。しかしそのルート上での目撃はなかった。 懸命な捜索の結果、大氷河近くの海上で彼の機体とおぼしき尾翼の破片が発見された。しかしそれのみで、あとは一切何も出てこなかった。 乱気流に巻き込まれたか、磁気嵐などで計器が狂い、方角を見失ったものと推測された。多くの嘆願により捜索は三ヶ月に渡って続けられたが、彼も彼の機体も遂に発見には至らなかった。 行方不明から半年が過ぎ、やむなく葬儀が執り行われた。 喪主はヴィンセント・ヴァレンタイン。星を救った仲間の一人であり、公式にはシド・ハイウインドの一番親しい友人。実質はその伴侶であると、周囲の誰もが承知している。 シドはその気さくな人柄を広く慕われていた。そのため近隣地域のみならず、ミディールやコスモキャニオンなどからも人々が手に手に花を持って訪れた。 ヴィンセントは写真が飾られた祭壇の袖に立っていた。マントとターバンを黒色に変え、喪装としている。 黒い衣装に黒マントをはおった細長い痩身、それが影のように佇む様は何やら不吉なものを思わせ、彼を知らずそそくさと顔をそむける者もあった。一方、まともに見れば黒一色の中に灯る赤い瞳が不謹慎なほどあでやかで、ともすれば猥りがわしくさえ映った。 クラウド、ティファ、そしてユフィはそんなヴィンセントを守るようにつきそった。バレットともども葬儀責任者であるリーブの指揮で立ち働いたが、ひとつ終えるごとに戻り、常に誰か傍にいるようにした。 ヴィンセントの顔に涙はなかった。さすがに笑みこそ見えないものの表情は整い、平然と言えるほどだった。 延々と続く献花を切り上げ、近親者が墓の周りに集まる。唯一見つかった尾翼のかけらを棺に納め、祈りながら埋めて葬儀は終わった。 「思ったより元気そうだったね、ヴィンセント」 三人並んで会場をあとにする道すがら、ユフィが言う。 「よかったよ。泣かれたら、アタシもわんわん泣いちゃうトコだった」 言いながらも目の端をこする。ティファが頷いた。 「本当はもうかなり時間が経っているもの。そろそろ諦めがついた頃かも知れないわ」 そうだろうかとクラウドは思う。 「ティファ」 「何?」 「俺、これからもしばらくヴィンセントの様子を見にいってやりたいんだけど」 これからもと云うのは、それまでも頻繁に見舞いに行き、励ましていたことを指す。 「もちろんよ。是非そうしてあげて」 ティファはすんなり承諾し、励行した。その屈託のなさにクラウドは少なからず後ろめたさを覚えた。 次の日、クラウドは午前中から早速ロケット村を訪れた。 「朝メシまだだろう? 果物と肉を持ってきたんだ」 開けたドアから自分より先に大きな籠を入れ、ダイニングのテーブルに下ろす。中央には吸い殻を捨てただけの洗っていない灰皿が乗っていた。 「ありがたいが、私はそれほど量をこなせない。シドがいる時ならいいのだが」 その言葉にクラウドは一瞬止まる。ヴィンセントは窓辺に立ち、表に顔を向けていた。 「昨日は凄い人出だったな」 陽射しを受ける白い頬を見据え、試しに言ってみた。 「ああ。盛大な式で、シドも喜んでいるだろう」 ヴィンセント平静に答えた。 「他に何か要る物はある?」 首が振られる。 「そう。……あのさ……」 クラウドは視線を落として切り出した。 「これからどうするんだ?」 そんな質問は正直なところ辛かった。 行方不明が伝えられた当初こそ「大丈夫」「きっと帰ってくる」と言い続けたが、絶望的になったあたりからはあえて触れずにきたからである。 「特に何も考えてはいない」 「また……眠ったりしないよな?」 願望を込め恐る恐る尋ねるとヴィンセントはやっと少し顔を向け 「そのつもりはない」と答えた。 「そうか」 ひとまず安堵する。 「なら、ずっとここにいるのか?」 「わからない」 再び外に視線を戻す。 その様子と返事の短さに、今あれこれと話させるのはやはり酷だと思った。 「悪いけど、今日はもう帰る。ティファから買い物につきあうように言われているんだ」 もとよりそんな約束はない。 「そうか。気をつけて」 「ああ、じゃあまた」 努めて明るく告げたあと、後ろ手にドアを閉めて外へ出る。 出て、クラウドはすぐに歩き出せずにいた。 何か不安定な……不安なものを感じる。 まちがいなく目の前にいるのに、ヴィンセントが陽炎のように思えた。 地に足がついた人間と接している気がしない。 前日のユフィの言葉が甦る。 彼女はよかったと言ったが、果たしてそうなのか。 身も世もなく泣き咽んでくれていたほうが、むしろ−−−。 クラウドはあとを引かれる思いでニブルヘイムへ戻り始めた。 三日。三日経ったらまた来ようと、はやる自分に言い聞かせた。 |
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