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        翌朝はまばゆいまでの晴天だった。 
         サガが覚醒しきらぬ体で表に出てみれば、広場は高い歓声に満ちていた。 
         幼い六人の黄金聖闘士たち。聖衣を拝したとはいえ、じゃれ合い走り回る姿は普通の子供と変わらない。 
         その中心にアイオロスの姿があった。 
         儀式や非常時以外、彼はいつも軽装でいる。この時も同様で、惜しげもなく剥き出したたくましい腕で突進してくる子供たちを軽くあしらっている。 
         彼が動くたびにその発達した筋肉が躍動した。盛り上がり、波打ち、流れる。 
         長い指の大きな手。大きな拳。ひとつだけで楽々と子供を抱え、放り、また受け止める。 
        (あ……) 
         サガは不意に思い出した。アイオロスの長い腕に後ろから抱かれたことがあった。 
         サガは部屋着を纏っていた。アイオロスは全裸だった。 
         強い力で抱かれ、背中にアイオロスの厚い胸を、腕にアイオロスの腕を過ぎるほど感じた。 
         身体が熱かった。息が上がっていた。それでもアイオロスの力は緩まなかった。骨に至る力でサガを抱き続けた。 
        (好きだ、サガ。お前が欲しい) 
         言葉は耳許で告げられた。熱い吐息のようだった。身を固くしたサガの股間をアイオロスの大きな手が割っていた。 
         止めようとして力が入らなかった。重なる腰には脈打つアイオロス自身が触れていた。息が乱れ喘ぎに変わり、サガはアイオロスへくずおれた。 
        (好きだ、サガ。お前が好きだ……) 
         息とも声ともつかぬやわらかなささやき。耳朶を挟むアイオロスの唇------ 
        「------!」 
         突然の激しい泣き声に、サガの夢想は破られた。 
        「何だ、どうした?」 
         アイオロスは泣き声へ足早に向かっていた。 
        「……」 
         動悸が激しい。聞こえそうなほど高く打つ脈をサガは人知れず恥じ入る。それでも頬の熱さは鎮められない。 
         アイオロスの感触がまだ生々しく残っていた。 
        「シャカが木の裂け目に手を突っ込んだんだ」 
         子供の一人がはきはきと状況を告げる。 
        「俺と拳を合わせてて、俺が横によけたのに停まれなくってさ……」 
         もう一人が気まずそうに言う。傍らで少女のような細い貌がしゃくり上げていた。 
        「どれ、見せてみろ」 
         アイオロスはひざまずいてその手を取る。促して固く握ったままの拳を開かせた。 
        「ああ、たいした傷じゃない。そんなに泣くな、シャカ」 
        「わ、わたしは泣いてなど、いない!」 
         言い張るそばから紅色の頬に大粒の涙がこぼれる。 
        「そう、そうだな、バルゴのシャカはこれしきのことでは泣かないな」 
         そう言って笑いながら、アイオロスは診ていた拳に顔を寄せた。 
         サガは顔をこわばらせた。 
         透き通るほど白く小さなシャカの手に、アイオロスの唇が押し当てられる。 
         にじんでいた鮮血を吸い、そのまま傷口を舐めた。 
         サガは動けなかった。 
         指先さえ動かせず、棒立ちになっている。外すことの出来ない視線がアイオロスと子供たちに食い入った。 
         子供の華奢な手を伝うアイオロスの唇。這わせた舌。 
         幼いバルゴの聖闘士が受けている感触を思う。思うばかりでなく、その肌にありありと感じられた。 
        「う……」 
         動けぬ身体に震えがきて、サガは低く呻いた。 
        「------よし、これで大丈夫」 
         アイオロスは髪留めに着けていた布を外し、シャカの手に巻いた。 
        「とは思うが…… やっぱりちゃんと消毒してもらった方がいいな。えーと、ムウ、連れていってやれ」 
         頭を掻きながら立ち上がった時、彼はサガの姿に気づいた。 
        「やあ」 
         陽射しに負けない晴れやかな笑顔で走ってくる。サガは咄嗟に柱の陰に回った。 
        「早いな。見てたのか?」 
         隠れおおせるはずもなく、ほどなく体を寄せられる。 
        「あ、ああ……。アイオロス……」 
        「待った」 
         サガの後れを気づきもせず、アイオロスは顎を捉えて唇を重ねた。止まらない震えを気取られまいと、サガは身を固くして受けた。 
        「……熱心なことだな」 
         口を放されるや、サガは言う。 
        「いつだって熱心さ、お前には」 
        「違う!」 
         不必要に激しく否定して、サガは広場に視線を投げた。 
        「なんだ、あっちのことか」 
        「痴れ者め……」 
         アイオロスは高く笑う。サガは笑えなかった。 
        「あと何日かであいつらはそれぞれの修業地に旅立つ。一緒に訓練する時間は少しでも長くと思ってな」 
        「……あれが訓練か? わたしには遊戯に見えたが」 
        「? サガ?」 
        「そうだろう。第一君が付き添ってやる必要がどこにある。次期教皇の君が! 勝手にやらせておけばいいのだ。そうとも、自ら技を磨いてこそ……」 
        「サガ」 
         まくしたてる口をアイオロスの手が軽く覆った。暖かく、日だまりの匂いがした。 
        「どうしたんだサガ。何をむきになっている」 
         アイオロスは首を傾げてサガを見ている。明らかに案じているとわかる目に、サガはひとつ溜息をついた。 
        「すまん。何でもないのだ」 
        「……ならばいいが……」 
        「それより、わたしの所に来ないか。朝食を支度する」 
        「そいつはありがたい。ひと暴れして恐ろしく腹が減った」 
         その言葉にサガは微笑んだ。 
        「では、行こう」 
         先に立って歩き出す。その彼をアイオロスは後ろから抱きすくめた。 
        「ついでに食わせてくれると嬉しいんだがな。ジェミニの黄金聖闘士を」 
        「な……!」 
         サガはアイオロスの手を払いのけた。 
        「朝食だけだ!」 
         わめくなり大股でつき進む。アイオロスはくすっと笑い、あとに続いた。 
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