凍れる花１

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　凍れる花

　初めて見た彼に印象は何もなかった。
　自分以外の人間に対するさまざまな感情が沸かない。景色の一部として捉えたらしい。
　一緒に旅をするようになってからもしばらく、シドの目はヴィンセントをそう映していた。無口で感情が見えず、反応のはっきりしない様は乾いて朽ちかけた立ち木のようだった。
　彼が仲間になったいきさつ、その口から語られたという過去の罪についてもおよそ興味がない。モンスターに変身することには驚いたが、そういうものかと納得して終わった。
　だから、むさくるしいマントの奥が実は息を飲むほど美しい顔と気づいた時、人についての意外性より物珍しさを感じた。殺風景な枯れ木の中に一点、鮮やかでみずみずしい果実が実っているのを見つけた気分だった。
　ヴィンセントは少しずつシドと距離を近づけてきた。折りにふれそばにきて、親しむような口もきいた。
　シドにとってそれは不愉快ではなかった。風変わりな何かが手に入ったように思えた。
　そんな感覚の中、宿の部屋が二人だけの同室になった夜にシドはヴィンセントに同衾を持ちかけた。
　面白そうなものを探究したい気持ちと、さして感情を変えないと見える彼なら、めんどうなあとくされなく行為を楽しめると踏んだからだった。
　口説きながら壁際に追いつめ、頬を寄せてもヴィンセントは抗わなかった。思い切って唇を重ねてみても、そのままじっと受けていた。
　同性とキスが出来た自分がシドは面白かった。その勢いのままベッドに倒し、耳から首筋を吸った。
　唇の進む道を作るようにシャツのボタンを外していく。ヴィンセントは身体を固くしているものの、やはり抵抗はしなかった。
　だがズボンを開こうとした時、いきなり制止の手が入った。シドの手をきつく握り、押し返そうとする。
「何だよ」
　シドは不機嫌に訊ねた。ヴィンセントは眉を寄せ、顔を逸らす。
「待ってくれ」
　そして小さく言った。
「待つって何を」
　答えはない。
　構わず開こうとすると、ヴィンセントは更に強くシドの手を押した。
「なんだってんだよっ」
　思わず声を荒げたが、やはりヴィンセントは答えない。困ったような愁いを見せるばかりである。
　シドは腹を立てた。咄嗟にヴインセントの頭の布を奪い、彼の細い両手首をぐるぐる巻きに止めてしまった。
　それを見るヴィンセントの顔が引きつる。シドはわざと破くばかりの勢いで彼のズボンを下げた。
　ヴィンセントが呻いたようだったが、シドは気にしなかった。まだ膝で止まっているズボンを交互に引っ張り、ばたつかせる足から取り去った。
　あらわにした両股を大きく広げようとすると、ヴィンセントは遮二無二暴れてシドの胸を蹴った。
「……のやろ！」
　シドはかっとなり、力任せにヴィンセントの頬を張った。この男とならすんなり遊べると踏んだ期待を裏切られた怒りもあった。夜のしじまにかん高い音が響き、ヴィンセントの口から血が滴った。
　彼が怯んだのに乗じ、シドはヴィンセントの足首と太腿を合わせ、そばにあったナイトガウンの紐で両脚ともくくった。
　ヴィンセントは目を見開き、瞳をわななかせる。怯えた表情と無様な姿に、どう料理してやろうかという黒い楽しみが沸いた。
　寝酒に買っておいた酒をコップに移し、興奮剤を溶かし込む。それを傾け、ヴィンセントの股間へ滴らせた。
　ヴィンセントの喉がひっと鳴り、不自由な体が跳ねた。その反応には何となく胸がすいた。
　したたかに濡らしたあと、指で刷り込むようにヴィンセントのものをこする。次第に伸びて膨らみ、硬さを帯びた。
　それをおいて、手を後ろへ辿る。ひとしきり撫で回したあとに秘所の閉じ目を探り当て、思い切って指をつき入れた。
　ヴィンセントがはっきりと声を上げた。痛みのせいかと思う。だがどこまで入るのか試したくて、シドはそのまま進めた。
　他人のそんな場所に触れるのは初めてで、中はずいぶん熱いものだと感心した。酒で濡らしたためか感触はなめらかだった。それを楽しみながら、第二関節まで収めた指を奥へ手前へと動かした。
　ヴィンセントの反応が激しくなった。頭を振り、くくられた腕を何度も腹に打ちつける。逃れようとする腰が淫らに蠢いた。
　どのように感じているのかさらに知りたくなり、シドは動かしやすい人差し指に入れ直す。押し広げながら回し、ほじくるように掻いた。
　ヴィンセントは切なそうに啼いた。細い悲鳴か嗚咽に見えて端々に甘さがあった。
　続けるにつれ、それは次第に顕著になった。身体をびくびくと震わせ、目を潤ませ、鼻さえ鳴らしている。普段の彼からは信じられない媚態だった。
　粘膜から吸収された酒と興奮剤によるものか。いずれにしろその乱れようがシドには痛快で、ひどくそそられた。いつのまにか張りつめていた自分のものに気づき、指に代えて貫いた。
　ヴィンセントの首が瞬間に大きくのけぞる。構わずにこじ入れ、激しく動かした。
　これまでにない感触と引き締められる快感があった。絶え間なく上がるヴィンセントの声を味わいながら、シドは達するまでただ一心に彼の体を貪り続けた。

　終わってみると、後悔に似た思いが押し寄せた。
　まるでレイプ。いや、レイプ以外の何物でもない。
　そんなつもりはなかった。対等に肌を交わし、それぞれに快感を得られればよかったのだ。
　ヴィンセントに謝るべきか。だが詫びるとよけいしこりが残りそうで、どうしたものか迷った。
　とりあえず煙草に火を点けた時、傍らにぐったりと横たわっていたヴィンセントが半身を上げた。
　何を言われるかとシドは体を固くして待つ。しかしやがて聞こえた言葉に耳を疑った。
「すまない」
　一体何がどうして、ヴィンセントから謝られるのか。
　すぐに返事が出来ずにいる彼へ、ヴィンセントは続けた。
「どうも、こうしたことには不慣れで……。野暮な振る舞いで気を削いで申し訳なかった」
　そう言われても、皆目訳がわからない。
「あんたに体を任せきれなくて……」
　そこまで聞いて、どうやら抵抗したことを言っているのだとわかった。
「ん、いや……」
　シドは頬を掻き、煙草を吸い込む。
「だが、どうか懲りないで欲しい。次はもっと……うまく応じられると思うから」
「……次？」
　シドは思わず問い返した。
「ってことは？　この先もこういうことにつきあうってのか？」
　言い終えて窺うと、ヴィンセントは長い髪の陰で小さく頷いた。
「ふうん」
　恥じらっているような至極気弱な様子に、シドの罪悪感が薄れた。
「よし、いいぜ。これからもよろしくやろうじゃねえか」
　そう言うと、ヴィンセントはほっと和んだ顔を見せた。

　翌晩も、ヴィンセントとは同じ部屋になった。
　「野暮でなくうまく応じる」とはどんな程度なのか。それを早速見てみたくて持ちかけると、ヴィンセントは素直に承知した。
「んじゃ、さっさと素っ裸になんな」
　自分は上着ひとつ取らずに命じてみる。ヴィンセントは戸惑いの色を浮かべ、問うような眼差しを送ってきた。
「どうせ最後は全部脱ぐんだ、手間をかけさせんな」
　シドは無視し、更に強く言った。
　ヴィンセントは目を伏せ、重い足取りで照明のスイッチに向かう。シドは怒声を飛ばして阻止した。
　煌々とした灯りのもと、ヴィンセントがおずおずと服を外していく。
　シドは椅子にどっかりと腰かけ、足を組んで頬杖をつき、煙草をふかしながらその様子を眺めた。
「おうおう、もちっと芸を入れろよ。体をくねらせるとか髪をかき上げるとか。んな淡々と脱がれたんじゃ面白くもなんともねえぜ」
　手酷い野次を浴びせかけても、ヴィンセントの口答えはない。その従順さが快く、どこまで許容するのか追及したくなった。
　最後の一枚まで取った全裸姿を真正面から遠慮なく視姦する。ヴィンセントの目は虚空に浮かび、両膝ががくがくと揺れていた。
　シドはゆうゆうと煙草をふかしながら「脚を開け」「一回転しろ」などとさまざまな姿勢を命じた。後ろを向かせた状態で身体を曲げさせ、局部が露出するのをはやし立てたりもした。
「次は……そうだな、ベッドに片足をかけろ。んで、てめえのモンを持ち上げてにっこり笑え」
　さすがにこれはすぐに応じなかった。棒立ちになり、懇願する目をシドに向けていた。
　だが
「なんだよ。なにが嫌なんだ。ヌードグラビアのねーちゃんたちはみんな愛想良くしてるぜ」
　露骨に不満の色を見せると、ほどなくヴィンセントは動いた。ふらふらと足を上げ、股間に手をかける。そして一瞬笑みを見せたが、すぐに崩れて顔を逸らした。
　俯くヴィンセントの横を通り、シドはベッドに横たわる。まだなお着衣のままで、自分の上にまたがるようヴィンセントを呼びつけた。
　その姿勢で、自慰をしてみろと言う。
「おまえさんが感じてるトコを見せりゃ、オレ様もその気になるってもんなんだよ」
　強引な理由に納得したかどうか、ヴィンセントは従った。
　細く長い指があて、緩慢にさする。自分の姿を考えまいとしているのか、目を固く閉じていた。
「もちっと気ィ入れてやれよ」
　そう言い、シドは下から柔らかな袋をつねり上げた。ヴィンセントは鋭い悲鳴を上げ、シドの上に突っ伏した。
　そのあとも「もっと声を出せ」「後ろに指を入れろ」などと次々に要求した。そうやってヴィンセントに延々と自慰を続けさせ、自分自身を挿入したのは夜明け近くになってからだった。
　

　その後もシドはヴィンセントとの一方的なセックスをくり返した。
　限界に抵触してしまうきわどさと思うまま服従させる快さを愉しんでもいたが、ヴィンセントが何故言いなりになるのか、それを知りたい気持ちが強かった。しかしたび重ねるほどわからなくなり、更なる加虐と侮蔑を与え続けた。
　それでも、ヴィンセントはシドの傍にいた。
　むしろ以前より頻繁に、そして自然に。休憩する時も食事を取る時も、シドの隣はヴィンセントだった。またシド自身も知らず知らずのうちにヴィンセントの近くを取っていた。
　同時に気づいたことがある。
　シドがいない時、ヴィンセントは必ずと言っていいほどクラウドと一緒だった。
　穏やかな表情で向き合い、何ごとか言い交わしている。二人並んで座り、俯き加減のヴィンセントをクラウドが覗き込んでいることもあった。
　襟に隠れたヴィンセントの口が細々と語っているらしく、時折クラウドが頷きを入れる。クラウドは考え込む様子を見せたのち、ヴィンセントに向かって明るい表情と大きな身振りで話しかける。すると次第にヴィンセントの顔が上がり、緩むように微笑んだ。
　二人は以前からそうだったのかも知れないし、シドが気にしていなかっただけかも知れない。
　しかしさらに注意して見ていると、ヴィンセントがクラウドといるのは自分との行為があった翌日、またはシドが何かを言い立て、ヴィンセントが黙ってしまったあとに多い気がした。
「……じゃ」
「ああ」
　シドが現われると目を交わして離れる。そんな彼らの様子は何故知らず不愉快だった。