←HOMEへ 小説のメニューへ

 しばらくは村に行き会わず、野宿が続いた。その果てにようやく泊まった宿は部屋数がなく、男女分かれるだけが精一杯だった。
 シドは鬱積していた。それでヴィンセントが共同のシャワー室へ向かうと、すかさずあとを追った。
 続いて入ってきた彼に、ヴィンセントは小さく驚きを見せた。シドは無遠慮にずかずかと近づき、細い身体を抱きすくめた。
「ずいぶんとご無沙汰だったよなあ」
 耳許に告げる。ヴィンセントが返事をするより早く
「洗ってやるよ」
 と言ってシャワーを壁から外し、コックをひねった。
 水量を最大にして手で湯加減を見る。次には迷わずヴィンセントの股間に注ぎかけた。
 ヴィンセントは反射的に体を退いた。シドは後ろからぐいと押し出し、なお防ごうとする手をぴしゃぴしゃと払いのけた。
「じっとしてろ」
 そう言ってひと睨みすると、ヴィンセントは両腕をだらりと下げた。初めての夜を除き、シドがきつく命じて従わないことはなかった。
 ヴィンセントの腰に腕を回し、手で彼のものを起こす。上に向けたそれの間近にシャワーのノズルを寄せた。
「あっ、くっ……!」
 ヴィンセントはくねるように頭を振り、足踏みした。シドはノズルを小刻みに揺すり、鋭い水流で先端の敏感な切り口を打ち続けた。
「ひ……や、あああっ!」
 長い裸身がぐらぐらと揺れる。その刺激だけでヴィンセントのものはたちまち形を成した。
 シドは一旦シャワーを止める。そして掌に石鹸を塗りつけ、ヴィンセントの股ぐらをこすり始めた。
「ん、んんっ……は……あ……」
 そうするうち、悲鳴は吐息混じりの甘い呻きに変わった。シドは手で双丘を割り、狭間から先端を何度も往復させた。
「キモチいいんだろ?」
 後ろ抱きにした耳へ囁きかける。そのかたわら、空いている片方の手は乳首をつまみ上げている。
 ヴィンセントは唇を噛み、俯いて答えない。
「正直になれよ。こんなにしてやがるくせに」
 シドは前を集中してこすり上げた。取りまいた石鹸の泡に筋をつけるほど、ヴィンセントは彼自身の蜜を溢れさせていた。
「にしても、シャボンってのは滑りがいいな。ほれこんなに……おっと!」
 わざとらしく驚き、ヴィンセントの後ろへ指をつき入れた。
「ああッ!!」
 再び高い悲鳴が上がった。
「こりゃあ参ったな、どんどん入ってっちまうぜ」
 せせら笑いながら押し進め、こじ開けていく。シドに預けっぱなしだったヴィンセントの上体ががくりと前へ折れた。
「や、シドっ! やめてく……」
 そのまま前方へ逃れようとする体をがしりと引き寄せ、中を好き放題にかき回す。
「嫌だ、もう、もう…… やめてくれえっ!!」
 ヴィンセントは切羽詰まった声で、いつになく強く哀願した。
 前への刺激を中途で止められ、後ろを激しく嬲られ、火照りがつのって堪らないのだとシドにはわかっていた。
「なんでだよ。いつものこったろ」
「駄目だ、ここでは嫌だ!」
 ヴィンセントは引きつった顔でふり返る。
「ここは人が…… だ、誰か来たら……!」
「はん」
 シドは愉快そうに言った。
「誰か来たら、見せてやりゃいいじゃねえか。石鹸で洗ってるだけでおっ立っちまいましたってよ」
「シ……シドぉぉぉッ!!」
 ほとんど泣き声になった叫びがシャワー室に響く。シドは聞こえよがしに舌打ちした。
「見られたくねえならさっさと終わるようにしな」
 そう言って、ぱっと手を放す。ヴィンセントはへなへなとよろけ、床に這いつくばった。
 そのまま動かない彼に
「ほれ、もっとケツを上げろ」
 シドは言葉を投げつけ、頭を踏みつける。びしょ濡れの床に長い黒髪が浸り、拡がった。
 上向いたヴィンセントの腰へ、シドは自分を挿入した。それと同時に再びコックをひねり、床に付いたヴィンセントの頭へシャワーを浴びせかけた。
「あ、あああっ! はっ、ひぃう……っ!!」
 絶え間ない水音とヴィンセントの喘ぎ声が部屋いっぱいに反響する。
 もうもうとした湯気にまかれ、大量の汗を流しながらシドは激しく腰を打ち続けた。

 ゆっくり体を洗ってから部屋に戻ってみると、先に出たはずのヴィンセントがいなかった。あまつさえクラウドの姿もない。
 バレットに訊ねたところ、ヴィンセントが帰ってきてまもなく、二人揃って出ていったと言う。
 シドは爪を噛んだ。足を揺すり、洗ったばかりの頭を掻き、煙草を続けざまに吸った。
 言いようのない苛立ちと不安でどうにも落ち着けない。しかし二人を探しに行くのはそれはそれで癪な気がした。
 どのくらい経ったのか。バレットがとうに高いびきで熟睡している頃、ようやく二人は戻ってきた。
「じゃ、お寝みヴィンセント」
「ああ。……すまなかった」
「別に」
 短い会話のあと、それぞれのベッドに潜り込む。シドには目もくれず、灯っていた小さい明かりをあっさりと落とした。
 シドは無性に腹が立った。二人を叩き起こし、怒鳴り飛ばしたい気持ちでいっぱいになった。
 しかし、何にそんなに腹が立つのか自分でもわからない。だから怒鳴る言葉も見つからない。
 仕方なく横になる。煮えたぎる身の内を持て余し、悶々と眠れずに過ごした。

 翌朝。遅れてシドが起きていくと、ロビーにヴィンセントの姿が見当たらなかった。
 すでに表に出たのかと向かいかける。その前にクラウドが現われた。
「ちょっと顔貸してくれる?」
 鮮やかな青い目で挑むように見上げてくる。
「なんだとぉ?」
「話があるんだ。手間は取らせないからさ」
 何を偉そうに、ふざけやがっての言葉が出かかったが、飲み込んで承諾した。もしかしたら昨夜のいらつきの正体がわかるかも知れないと思ったからだった。
 クラウドはシドを伴い、ホテルの裏へ向かった。
 建物から少し離れた場所の、数本の木が囲む中へ分け入る。そこで止まり、シドをふり返った。
「余計なお世話かも知れないけどさ。もう少しヴィンセントに優しくしてやってよ」
「何い?」
 シドは目を吊り上げた。
「い……いきなりなに言い出しやがる、このガキ!」
 言って、はっとした。
「あいつ……何を言った。てめえに何を喋りやがった」
 責める口調とは裏腹に胸が騒ぐ。体の血が冷たく降りていくのがわかった。
「何も。言うわけないじゃないか」
「け、けどよ、てめえ……!」
 勢い込んだものの、あとが続かない。そんなシドへ、クラウドは重ねて言った。
「ヴィンセントがずっと眠っていた理由……知ってるだろ?」
「あ……ああ……」
 自信なく頷く。
「あの事件でヴィンセントは自分を責めて、自分の全部を否定して、自分を閉じてしまった。俺達が訪ねたことがきっかけでもう一度人の中に出てきたけど、まだ全然馴れてないんだ。風に吹かれただけでも痛いんだよ」
「それが……なんだってんだ」
「ヴィンセントはさ、あんたが好きで好きでたまらないんだ。まぶしくて、憧れてて。あんたが傍にいるだけで嬉しいんだよ。だからあんたがいつも楽しいように、あんたの機嫌を損ねないようにって一所懸命なんだ。そういう気持ちを、少しは汲んでやれよ」
 言われて、シドの怒りが再燃した。
「オレ様のことが好きだあ? バカ言え。そんな様子は全然ねえぜ」
「そうかな」
「そうだとも。やつからそんな話はこれっぽっちも聞いてねえし、第一好きなら好きで、もちっと違う態度があんだろよ」
「だからさ、恐いんだよ。そういう自分を認めるのも、まして表に出してしまうのも」
「恐い?」
「そう。ヴィンセントは言ってみれば凍っている花なんだよ。冷たい闇から温かい外へ出てきたけど、まだちゃんと溶けてはいない。自分自身が揺れても響いて割れてしまうんだ。人を愛するような、激しくて熱い想いなら余計に」
「……」
「だからあんたに対しても、あんたが良ければいいで止めている。踏み込まない、望まない、拒まない。あんたにぶつかって、跳ね返されたら粉々に砕けちまう。それが恐くて、無意識にセーブしているのさ」
「んな……」
 クラウドの言葉が鋭利な刃物のようにシドの胸をえぐった。
「大事に大事に温めて、ゆっくりゆっくり溶かしてやってよ。俺が言いたいのは、それだけ」
 クラウドは明るく言うと、踵を返して戻り始めた。
「待てよ!」
 シドはその背に呼びかける。
「なんで……なんだっておまえはあいつのことをそんな風に思う。なんでそんなにあいつのことがわかるんだよ!」
 するとクラウドは静かに立ち止まり、ふわりとふり返った。
「さあ……何故だろうね」
 傾けた顔でにこりと笑ったあと、青い瞳が一瞬きらりと輝いた。
 それを見てシドは、クラウドに対する感情は『嫉妬』だったと気がついた。

END
←HOMEへ 小説のメニューへ