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 夜半。
ミロは空のグラスをテーブルに叩きつける。処は獅子宮。アイオリアが大きな酒瓶から追加を注ぐ。
「あまり過ごすな。精製していない酒だ。悪酔いするぞ」
「うるさい」
ミロは一気にあおり、また勢いよくグラスを置いた。
「アルデバランの話では、カミュは宝瓶宮に戻った」
「……」
「奴は砕けない。生き続けるつもりだ。ならば、時が解決してくれよう。シャカも言っていた」
「…解決出来ることか! あれが!!」
グラスはついに粉々に散った。
「奴は…”女”だ。あれほど公的にひろめられれば、もはや知らぬ者はいるまい」
「ああ」
「わかっているのかアイオリア。どんな下賎の者にも体を与えねばならないんだぞ!! あの…誰よりも気高く美しい、アクエリアスの黄金聖闘士が!!」
「わかっている」
アイオリアはひと口、酒を含む。喉がごくりと上下した。
「一生負がつきまとう。そんな惨めな人生を、何が…誰が解決出来ると言う!!」
ミロはきつく目を閉じ、首を激しく振った。
「−−−ミロよ」
アイオリアが、静かに言った。
「お前さえ承知なら… ひとつだけ、方法がある」
「……」
ミロは、ゆっくりと目を開いた。
「…何?」
問うべく、アイオリアを見る。
「わからぬか、ミロ」
アイオリアも、真直ぐにミロを見つめていた。
「”女”が”女”でなくなる、唯一の方法だ」
「……。−−−そう…か!」
ミロは膝を打った。
「その手があったか」
その顔に、輝きが現れる。
「だが…お前にとっても相当な痛手だ。耐えられるか」
「無論」
ミロはすっと立ち上がる。グラスの破片をかき集め、ゴミ箱に落とすと、手をはたいた。
「あの苦しさに比べれば、何ほどのことはない。いやむしろ…嬉しいくらいだ」
言いながら、既に足は出口へ向かっている。
「行くのか」
ミロは大きく頷いた。
「今宵の内でなければ」
「そうだな」
アイオリアも頷き、手に持つグラスを掲げた。
「武運を。…というのはおかしいか」
「はは。似たようなものかも知れんな」
二人は笑いを交わした。

「ミロ…」
獅子宮から、五つの宮を隔てた宝瓶宮。
夜着に身を包んだカミュは、少しの驚きをもって訪ねたミロを出迎えた。
「話がある」
「…もう遅い。明日にしないか」
「いや。今でなければ駄目なんだ」
強引にミロは押し入ろうとする。
「……」
カミュはあきらめ、案内もせずに奥へ下がった。
 カミュは寝室の窓辺に立つ。
とっぷりと暮れた表を眺めていた。ミロに椅子ひとつすすめようとはしない。
「…手短かに願おう。わたしは疲れている」
聞かずとも、それは明らかだった。青白い顔に憔悴が見てとれる。
 早く寝ませてやりたい。そんな思いを振り切って、ミロは言った。
「頼みがある」
「何だ」
「俺に、抱かれてくれ」
その途端。カミュの手はミロの頬で高く鳴った。
「……」
カミュは、怒りの余り口がきけずにいる。ミロは、黙って見返す。
「何を言うかと思えば…。あきれたぞ、ミロ!! 君がここまで下劣な男だったとは!」
息を荒げ、カミュは言葉を叩きつけた。
「ああ、そうだ! そうだとも、わたしは”女”だ!! 何ぴとの、何どきの申し出も拒む資格はない!! だからと言って、わざわざこんな夜更けに、君までが…!」
「……」
「友の…君までが…」
カミュの勢いが弱まっていく。
「……」
震える手で、口を覆った。
 そののち。ふうっと息を吐く。
「好きに…するがいい…」
一層蒼ざめた顔で、自ら着衣を外そうとする。
ミロはその手を押え、首を振った。
「ミロ…?」
動作を止めさせておき、ミロは一歩退がる。そこで膝をつき、礼をとった。
「何の真似だ」
問いに答えず
「水瓶座の黄金聖闘士、アクエリアスのカミュ殿」
夜の静けさを打ち、朗々と言った。
「この蠍座、スコーピオンのミロ、あなたを”妻”に申し受けたい」
「な… 何だと!?」
それは、極めて正式な「申し込み」だった。
「ご返答を願う。応、もしくは否」
「ば…馬鹿なっ!!」
カミュは先程とは別の怒りで、ミロに向かう。
「わたしを愚弄するか!? わたしをからかって、そんなに…」
「−−−本気だ」
礼の姿勢のまま、ミロはカミュを見上げた。
 真直ぐで、一点の曇りもない瞳。彼の言葉を力強く裏付けている。
「……」
だから、カミュの怒りは戸惑いへと変わった。
「それこそ…馬鹿な…」
ミロは立ち上がり、カミュの手を取った。
「俺は、本気だ。お前と…アクエリアスのカミュと”婚姻”を結びたい」
「……」
真摯な眼差しから、カミュはそれようとする。
「嫌か」
追いかけて、ミロが言う。
「わ…わかっているのか ミロ」
「何を」
「”女”を娶るなど…老人か不具となった者のすることだ」
「普通はな」
「冗談じゃない…!! 能無しよ、恥知らずよと後ろ指をさされるぞ!」
「だから?」
「一生の不名誉だ! 黄金聖闘士、スコーピオンのミロの誇りに、傷が…」
「そんなもの、どうだっていい」
ミロはカミュの背に腕を回し、その体を抱きしめた。
「俺は、アクエリアスのカミュがほしい。お前を、俺だけのものにしたい。他の誰にも −指一本触れさせたくない。…それだけだ」
「−−−!」
カミュは、ミロの真意に気がついた。
「…わたしの…ために…」
ミロの腕の中で、カミュの胸が震えた。
 ミロは再びカミュの手を取り、口づける。そして、ひとつ首を振った。
「いや。俺はつけ込んだのだ、お前の弱みに。本当なら生涯手に入れられない高貴な魂を得る、絶好の機会に」
「ミロ…」
「俺は狡猾だ。悪党なのだ。そう、思ってほしい」
「…違う!!」
カミュはかぶりを振った。
「君はわたしを…。こんな、汚れた…」
その口を、ミロはすっと覆った。
「返事が聞きたい。アクエリアスのカミュ殿。如何?」
「……」
カミュはひと筋、涙をこぼした。それを飲み込むように、喉を上下させる。
「ありがたくお受けする。蠍座、スコーピオンのミロ殿…」
自然に、二人の唇は重なった。

 明かりを落とし、香を焚く。
二人湯あみで身を清め、寝台へと上がった。枕辺の卓には、布と膏油が置かれている。
 カミュは体を伸ばし、ミロを待っていた。
薄明かりの中、点々とあざや傷が見える。
 だがそのなめらかさ、しなやかさを損なうものではなかった。
「カミュ。すまない」
見下ろしてミロは言う。カミュの手を取り、股間へ導くと、自分のものを握らせた。
「わかるだろう。俺は…欲情している」
「……」
「お前への尊敬を込めて事にあたろうと思っていたが…駄目だ。いざお前を目にすると胸は高鳴り、喉が渇き、息が苦しい。そして…」
「ミロ…」
「お前を…好き勝手にむさぼりたくてたまらない。所詮俺も…あいつらと同じなのか…」
カミュは静かに首を振った。
「君が求めるのは体だけではないのだろう? それは、大きな違いだ」
「カミュ…」
ミロは、上からカミュの顔を抱えた。
「そうとも。俺はお前の全てが欲しい。愛しくてたまらない…」
その額に、鼻に、瞼にキスの雨を降らせる。
「好きにしてくれていい。わたしは君のためなら−−−いくらでも乱れる。淫らにさえ…なってみせよう」
カミュは微かに笑った。
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