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 ヴィンセントには霊感があった。素晴らしいひらめきではなく、霊が視えるほうである。何かにつけ深く考えたがる性格と、自身が幽霊のようなものだからかも知れない。
 シドと睦まじくなり、その家に住み始めて早速視てしまった。
「シド! 部屋の隅に女が立っている!」
「あ? んなモンどこにいるんだよ」
 しかし現実一辺倒のシドは気配すら感じない。
「あそこだ! カーテンの横!」
「何にもねえぜ。気のせいだよ」
「ガラス窓に女の顔が!」
「汚れて曇ってるだけだって」
「長い髪がバスルームに散らばっている!」
「そりゃおまえさんのだろ」
「私のではない!金髪だ!」
「んじゃ湯でふやけて色が脱けたんだ」
 万事その調子で、ヴィンセントはがっくりうなだれた。
「どしたんだよ」
「あんたも……私の言葉を聞き入れてはくれぬのだな」
「え、ええ?」
「私を愛していると言いながら私の訴えをことごとく叩き伏せ、気のせいで済ましてしまう。フ……私など所詮その程度ということか」
 こう言われてはシドとしても収まりがつかない。
 彼なりに懸命に意識をとぎすませ、気配を探った。
「おお! 風もねえのにドアががたがた鳴っている!」
 ヴィンセントは一瞥して言った。
「立て付けが悪いだけだ」
「そこの置物の人形! 今にやっと笑った!」
「あれはもともとああいう顔だ」
「どうしたんだ! 部屋ん中にうっすらもやが立ちこめてきたぞ!」
「あんたの煙草の消し忘れ」
 シドは遂に切れた。
「なんでえなんでえなんでえ! 人が必死に考えてんのにその言いぐさは! 全部気のせいにしてんのはおまえさんのほうじゃねえか!」
「しかしあんたのは本当に違うのだ」
「おまえさんは正しくてオレ様のほうは違うってなんで言えるんだよ! ふざけんな、てめえ勝手もたいがいにしやがれ!」
 シドはどすどすと足を踏みならしどこかへ行ってしまった。
「あーあ」
 ぎょっとして見ると、横で幽霊の女が肩をすくめていた。
「あのオヤジ、何年も出てるのに全然気づいてくれなかったのよねえ。あんたならなんとかしてくれると思ったのに、がっかりだわ」
「そうか……。では、私が代わりに聞こう。幽霊になってしまったその事情を」
「やーよぉ。あんたに話したらよけいややこしくされそうだもん。いいわもう、ここらへんで天国に行くわ。じゃあね、バイビー」
 女はたちどころに消えた。
「幽霊にまで見限られる……これも私の罪……」
 ヴィンセントはたっぷりと膝を抱えた。
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お粗末。 
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