いとなみが絶えたあとも、サガはアイオロスに体を寄せていた。
アイオロスの手が股間をまさぐっている。サガは目を細め、甘い刺激に酔った。
「いいのか?」
「何が……」
「お前……終わったあとここをいじるとひどく怒ったくせに。それどころかすぐ身なりを整えてしまって……」
「ああ……」
サガは笑った。
「わたしに還る時間が……ほしかったんだ。君といるわたしから、ひとりのわたしに戻るための時間が」
「妙なことにこだわるんだな」
「そう……」
こくりと頷く。
「わたしはずっとこだわっていた。いや、恐れていたのだ。ジェミニの黄金聖闘士たるわたしが…… 恵みを施し平和を進めるべき身が、君という一人の男しか見えなくなってしまうことを……」
「……で……今日はあえてその恐れに立ち向かってみたというわけか」
再び頷く。
「結果は? 何か困るようなことでもあったか?」
サガは首を振った。
「もっと早く……こうしていればよかった……」
その答えにアイオロスは笑い、回した腕でサガの肩を叩いた。
「そうだろう! まったく素直じゃなかったよなお前。手を焼かせてくれて!」
心底愉快そうな声は、耳に心地よかった。
(そう、もっと早くこうしていれば……わたしを君に……解き放っていたなら……)
「------安心していい」
頬に口づけをくれて、アイオロスは言う。
「お前が俺しか見えないなら、代わりに俺がその先を見る。お前の望みは俺の腕の中で言えばいい。お前を抱いたまま、俺がそれを叶える」
「……アイオロス……」
「だから心おきなく俺を見ていろ。お前が見つめてくれる限り、俺はお前を------放さない」
「……っ」
こみ上げた感情に、サガは声を詰まらせた。
「俺に全てを委ねろと言うんじゃない。二人の意志をひとつにするだけだ。お互いの夢を二人で一緒に叶えるんだ。ジェミニのサガとはそれが出来ると、俺は信じている」
「あ……」
サガはアイオロスの胸に顔を押しつけた。硬く温かい肌がサガの美しい相貌を覆った。
「泣くなよ……」
アイオロスは優しくサガの顔を上げる。涙の雫を指ですくい、唇を重ねた。
(アイオロス……)
深い口づけの中、サガは内なる思いを綴る。
(ありがとう……。これで君を……放すことが出来る……)
それは自分への、そしてアイオロスへの------聞かせてはならない語りかけだった。
(今日を限りにジェミニのサガは消える。サガを消し、教皇として生きるのだ。君とも……教皇の名において相対していくことだろう。
だがわたしは栄光を手にしたわけではない。
教皇の姿で、わたしは君を見つめる。見つめ続ける。
わたしが去ったのち、君は誰かに恋するかも知れない。誰かをその胸に抱くかも知れない。
今わたしが抱かれているその胸に。
それをわたしは見ていよう。
どれほど悔しく哀しく、心裂かれる思いであろうとも。
嘆き、泣き暮れる日々を過ごそうとも……
君の笑顔が誰に向けられ、君が誰の元に走ろうと、わたしはひと声も発することなく玉座に在り続けよう。
君が君である限り、そしてわたしがわたしである限りわたしの苦しみは続くだろう。哀しみは絶えぬだろう。
だがわたしは君を見続ける。見つめ続けて生きていく。
それがわたしの------償い切れぬ罪を犯したわたしへの……罰なのだから……)
アイオロスの手がサガの髪を撫でている。仰ぎ、自分に向けられる瞳をサガは静かに見返した。
「どうした」
「------いや……」
首を振り、アイオロスの肩へ頭をもたせかける。
「このまま……」
「ん……?」
「このまま時が……止まればいい……」
アイオロスはやわらかに笑った。
「馬鹿だな。時なんか止めなくても、俺たちはこのままだよ」
「……いつまでも……ずっと……?」
「ああ。この先もずっと、お前が好きだよ。サガ」
サガはかすむような笑顔を浮かべた。
「ありがとうアイオロス。わたしも君を……愛している」
(愛し続けるだろう……いつまでも……)
空が少しずつ白み始める。
(そう…… 一生……------)
次の朝は、すぐそばにまで訪れていた。
END
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