再びの来訪にカミュが扉を開けると、黄金聖衣を纏ったミロは後ろにアイオリアとアルデバランを伴っていた。 「あ…」 カミュは戸惑いを隠せない。 「立会人だ」 すぐに察してミロが言う。 「おめでとうカミュ。さあ、これを」 アイオリアが笑みを向け、白い花ばかりで作った花束を差し出した。 「俺からは、これだ」 アルデバランが馴れぬ手つきで両手を広げる。薄紅に染めたマントだった。 「こうなりゃ、とことん正式にやってやろうと思ってな」 見れば、ミロのマントもいつものとは違っていた。色は同じ白だが、式典にしか用いない正装用のものだった。 「…みんな…」 カミュの目に、涙が浮かぶ。 「おいおい。"花嫁"が泣くものではないぞ」 アルデバランが照れながら言った。アイオリアは優しく肩を叩く。 「では、行こうか」 ミロが肘を曲げ、手を腰に当てた。カミュは素直にそこへ腕をくぐらせた。 「おい、あれ…」 道行く黄金聖闘士四人に、人々の目が集まる。 「アクエリアスだ」「"女"だぞ!」 ばらばらと近寄り、口笛を鳴らし、はやし立てる。が 「…え!?」 ほどなく、手にした花束と薄紅のマントに気づき、嘲りは止まった。 両脇のアイオリアとアルデバランの睨みにも阻まれ、皆その場に立ちすくむ。 堂々とした歩みが行き過ぎてようやく、口が開いた。 「嘘だろ、おい…」 「正気かな」 「まさか…」 そして、教皇の間。 「何と…申した!?」 居並ぶ兵達が驚き見守る中、教皇アーレスもその身を玉座から乗り出した。 「今一度述べよ、スコーピオンのミロ」 ミロは膝をついて礼を取っていた。少し下がって同じ姿勢のカミュ。 背後にアイオリアとアルデバランが並び立つ。 「は。わたくしスコーピオンのミロ、これなるアクエリアスのカミュと契りを交わし、"婚姻"を結びました。ご承認頂きたく、お願い申し上げまする」 「……」 暫し、アーレスの言葉はない。仮面の下の口は、開いたままなのだろう。 「何と…」 ややあって、やっと、それだけ言った。 「−−−気違い沙汰だな」 その時、開け放たれたままの入口で、声があった。 振り向けば、アフロディーテ、デスマスク、そしてシュラ。群がる兵達を払い、広間へ進み来る。 「君がこれほど無節操だとは知らなかったよ。ミロ」 「恥を知れ。尊い"婚姻"に、よりによって"女"とは!」 「貴様の名誉も地に堕ちるぞ。わかっているのだろうな」 口々の言葉に、カミュは俯く。青ざめ、唇を噛んでいた。 「……」 それを見、三人に一瞥をくれるとミロは再び言上した。 「お沙汰、いかに」 「…スコーピオン…」 口調をやや平静に戻し、諭すようにアーレスは言う。 「早まるでない。そなたはまだ若い。まして聖闘士の最高位、黄金聖闘士だ。"婚姻"を結びたければ、他にいくらも良き相手がおろう」 「…まるで、カミュが良くない相手のようなおっしゃり様ですな」 下げた頭の下で、ミロは不敵な笑みを浮かべる。 「わかっておらぬようだな。黄金聖闘士が、何も"女"を相手にせずとも…」 「お待ちを。教皇」 アーレスを手で制し、ミロは立ち上がる。 もう一度アフロディーテ達を振り向き、彼らにも聞かせるように言った。 「"女"とは力無き者。地位無き者。値無き者。そうでしたな」 「…う…む…」 「お考え下さい。黄金聖闘士、アクエリアスのカミュが果してそのような者でしょうか」 「いや…。しかし…」 「早い話。わたしも含めこの場に在る中で、カミュに勝てる者がどれほどおりましょうや」 「……」 「−−−なあ、どうだアフロディーテ。デスマスク。シュラは? お前達、カミュと立ち合って生きて還る自信があるか。え?」 「……」 三人に声はない。ただ憎々し気にミロを睨むばかりである。 「おわかりでしょう、教皇。尋常ならば、カミュは"女"になどなり得ない。今回のことは、いわば無理矢理押された烙印。わたくしとの"婚姻"でそれを打ち消すことに、何の支障がございましょうか」 「ミロ…」 ミロは力強くアーレスを見据えた。 やがて 「…ああ。わかった、わかった」 深い溜息と共に首を振り、放り出すようにアーレスは言った。 「認める。承認する。−−−皆の者、スコーピオンのミロとアクエリアスのカミュは本日"婚姻"を結び、"めおと"となった。よってこの二人の同衾を許すと共に、他の者よりの接触を禁ずる。しかと心得よ」 「ありがとうございます。教皇」 ミロは再び礼を取り、深々と頭を下げた。カミュも晴れた顔を一度上げ、下ろした。 「おめでとう」 言葉と共に、拍手が鳴っている。 いつの間に現れたのか、バルゴのシャカであった。 アイオリアとアルデバランが、笑みを浮かべて見やった。 いつまでも、シャカは拍手を止めない。 自然、周囲の兵は従わざるを得なくなり、手を打ち始める。 隣へ、そのまた隣へと伝わり、次第に広間は音に埋め尽くされた。 「ふん…」 アフロディーテとデスマスクは床を蹴り、立ち去る。 残ったシュラは柱によりかかり 「ミロめ。よくやる」 呟き、ぱたんぱたんと手をはたき合わせた。 「これで、よかろう」 言いながら、アーレスは腰を浮かせた。 「いいえ、まだでございます」 ミロは言う。 「何?」 「誓いの口づけを済ませておりません」 「……」 アーレスは自棄のように、どかっと腰を下ろした。 「もう…好きにするがよい!」 陽光がおだやかに降り注ぐ。 一年前と同じ丘に、カミュは佇んでいた。 髪が風にそよぐ。その整った横顔を、ミロは飽かず眺めている。 「−−−キグナスのことは…どうする?」 地に腰を下ろし、指で草を摘みながらミロが尋ねた。 「必要ならば、定めが引き合わせてくれよう。わたしの方から無理に追うのはやめにする」 「いいのか、それで。そもそも奴が…」 カミュは、静かに首を振った。 「あれは…わたしの甘さが引き起こしたことだ。それを、氷河にぶつけるのは筋が違う」 「……」 「奴の本意は知らぬ。だが、師であるわたしを裏切ったのではないと−−−信じたい」 「−−−そうか…」 ミロは立ち上がった。聖衣についた草や土を払う。 カミュは踵を返し、ミロに歩み寄る。その彼に、ミロは手をかざした。 「もう、俺にくっついていなくてもいいぞ」 「え…?」 「便宜上"婚姻"の形はとったが…」 ミロは空を仰ぐ。 「お前は所有など出来る男ではない。抱いて、よくわかった」 「ミロ…」 「お前が欲しい。それは今も変わらん。だが、俺は… いや、誰であろうと、お前の全てを抱き込むことは出来ない」 小鳥が数羽、鳴きながら枝を移っている。 「お前はまさに流れる水だ。その輝きに憧れ、その清冽さを欲してすくい上げても、その途端、手の中のものは流れでなくなる。そして、大半はこぼれ落ちていくのだ」 「……」 「お前は、お前だけのものだ。孤高でさえある。誇り高き水瓶座の聖闘士よ」 「ミロ。君は…」 「だから。俺の意のままにするのは、あれで終わりだ。安心しろ」 そう言い切り、しかしミロは首を傾げる。 「とは、言うものの… 耐えられるかな、俺は」 カミュは、笑った。 「そこまでわたしに…。−−−ありがとう…」 「やめてくれ。気が引ける」 「だが、いい。求めてくれて構わない。いつでも応じられるかは…自信がないが」 「カミュ。無理をするな」 ミロの言葉に、カミュはきっぱりと首を振った。 「わたしもわかったのだ。君と体を重ねても…沚・姻を結んでも… 君とわたしの間は変わらない。君は−−−かけがえのない、大切な友人だ」 「カミュ…」 ミロは目を見開いた。 カミュを映す、その瞳が揺れる。 カミュは頷いて、言った。 「愛している。我が"夫"。そして…我が生涯の友 スコーピオンのミロ」 「……」 ミロに、静かな面差しが向けられていた。 やがて、ミロはふいと背を向ける。 カミュに隠れ、そっと目をこすった。 「……」 カミュはただ、ミロを見つめ続ける。 二人を撫でるように、風がそっと渡っていった。 END |
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